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カサンドラは健忘症

離婚、そしてうつ病に。離島に流れてセカンドライフの健忘録です。

死ぬ場所を求めて旅に出た(後編)

青春18切符で電車にのり

西へ下って

九州の南にきた

 

途中、ドミトリーに泊まったり

ビジネスホテルに泊まったりしながら

 

親には時々メールを入れた

 

フェリーに乗ろうとしたが

台風が来たので

ドミトリーで延泊してすごし

 

そして離島へいくフェリーに乗った

 

旅をしている間も

抗うつ薬抗不安薬を飲んではいたものの

死にたいという気持ちは不思議と湧いてこなかった

 

離島についたら、どうなるかな

死ぬ場所がみつかるか、

家に帰りたくなるか…

 

 

小さな島に降りた

宿の人が迎えに来てくれていた

 

客は私一人

 

ご飯をいただき、島のことを聞いたり

散策したりした

 

しかし何もない島だった

明日帰ろうかな…

島に来てもなにも変わらなかった

 

後から聞いた話だが

この島に、死にに来た人がかつて

何人かいたそうだ。

 

同じことを考える人がいるもんだ

 

夜ご飯を食べながら

宿のおかみさんに聞いてみた

「この島でスタッフ募集してるとこ

ありますかね」

 

 

「あるよ」と一言

 

島では移住者も募っているらしい

 

その夜

小さな福祉施設を紹介してくれた

そこのスタッフたちは私よりも若く

優しそうな人たちだった

快く受け入れてくれた

採用前提で話がすすんでしまった

 

私は帰る日を伸ばしてみることにした

 

 

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島を一周したり、ビーチで泳いだりしてみた

 

島にいる間は

希死念慮はなく

どうやって生きようか、と

考え始めていた

 

島で働くには

村営住宅に住まないといけないが

その調整を村役場がやっているので

許可がないと住めない、とのことで

 

「許可がでたら、島にきます」

と言い、

私は島を後にした

 

 

働く場所と

生きていく場所が

見つかったかもしれない

 

 

でも、住居の空き待ちである

 

運命の流れに

任せることにした

 

 

 

 

 

 

死ぬ場所を求めて旅に出た(前編)

離婚前からうつ病を発症し

命からがら実家に戻り

毎日どうやって死のうかと

布団の中でもがいていた

 

何もかも失い

荷物は着替えだけ。

 

住民票も移さず、

まだ離婚届も出してなく

身一つで、居場所のない実家に来たのだ

 

実家といっても、転勤族だった両親が

終の住処にと買ったマンションで

私の部屋はない

 

母の私物があふれてる和室に

布団を敷き、そこで過ごした

 

母に連れられて心療内科にいき

そこで「死にたい」と言ったため入院をすすめられた

重度のうつ病と判断されて「うちでは診れない」と

断られた

 

後日

両親と近隣に住む姉が、評判のいい心療内科を探してくれて

そこに行った。

そこでも私は泣きながら「死ぬしかないんです」と

言ったが、入院はすすめられず

薬を処方され

「まずは部屋を少し片付けたりするところから

やってみようか」と優しく話しかけてくれた

 

 

それから毎日、薬を飲み

少し散歩をし、母の料理を食べ

絶望の中で泣き、死ぬことを考えながら過ごし

 

住民票を移動し、

離婚届を出し、

自立支援医療制度の申請をし、

 

一年が過ぎた。

 

一年の間に、

歯医者に通い

皮膚科に通い

ストーカー被害にあって警察へ通い

また介護の資格を取るため学校にも通った

 

死ねなかったので

生きてしまった

 

親が、家を出て仕事を探して、と

自立を促すので

数社、企業で面接をしたが

落とされた

 

働く意欲もなかった

 

親は「部屋はこの近くで探しなさい」とか

「就職がきまって、慣れるまでは

うちから通ったら」と

私が出ていく前提で話す

 

家にずっといるわけにはいかない

そういう雰囲気をだした

 

決して口には出さないが

早く出て行って欲しいという気持ちが

伝わって来た

 

しかし働けない

 

私はある日、

青春18切符を買って

リュック1つ持って家を出た

 

死ねばいいんでしょ

 

私なんか

死ねばいいんだ

 

家にもいれない

働けもしない

 

死ぬしかないじゃないか

 

家で死ねないなら

外で死ぬ

旅先で死のう

 

どこか暖かい島にでも行って

安らかに死ぬんだ

 

苛立ちと少しの希望と

諦めと自暴自棄が入り混じった感情で

親に「ちょっと行ってくる」と一言残し

 

早朝、家を出た

 

 

 

 

 

いのちの電話に電話した

さきほど

「死にたい」と検索したら上にでてくる

心の健康ダイヤルみたいなところに

電話した

 

何回か話し中だったが

ふと、繋がった

 

初老の優しい女性の声だった

 

私が離婚してからうつ病であること

ふと死にたくなることなど

話していると泣けてきて

涙声になったが

相手の女性は

「電話をかけてくれてよかった」と

穏やかに対応してくれた

 

話している間も

ひっきりなしに電話口からコールの音がしていた

1日3回(1回20分)の通話権利をフルに使って

電話をしてくる人もいるという

 

顔を知っている友人や身内よりも

知らない人だからこそ言える話もある

でも

電話をかけるという行為はうつ病の人にしたら

たいそうハードルが高い行為である

 

電話口の女性は言っていた

「電話をかけてこられるなら大丈夫

本当に死のうと思いつめたら電話をかけてこない」と

 

 

私はまだ大丈夫なのだろうか

 

電話をかける前とかけた後で

何が変わったかというと

思い当たらない

 

ただ涙を少し流せた、というだけのような

気もする

 

でも、またかけてもいいかな、と

思う自分がいる

 

 

 

 

 

安楽死施設

もし

安楽死できる薬のレシピが手に入り

薬剤を作れる環境にいたとしたら

 

法律なんて関係ない

 

日本中の悩める人たちのために

安楽死施設を秘密裏に作るだろう

 

病気で来れない人のために

こちらから出向くのもいい

 

ブラックジャックにでてくる

Dr.キリコのように

 

 

生かすことが必ずしも正解ではない

 

安らかな死は権利であって

救いの手段でもある

と信じている

 

 

 

 

 

希死念慮

いつか山に入って

永遠に眠ることを

想像してしまう

 

手頃な木を探して

見つけてしまったら

どうしよう

 

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生きるのに無気力

もともと高い感受性が

中学生の頃、思春期もあいまって

厭世的にこじらせてしまった

 

中学校の校則が無意味にきびしかったり

尊敬できる教師や大人がまわりにいなく

 

自分のやることを否定されてばかりで

無意味な校則を守らせようとする教師とぶつかりまくり

心を閉ざしていった

 

家では自由に育てられていたので

自分を抑圧する学校と教師のやることの

意味がわからなかった

 

大人になった今でも、意味のわからない縛りである

校則なんて、義務教育で必要ではない

 

その頃の大人への恨みで

すっかり人間嫌いになってしまった

 

恨みや怒りは自分を傷つけるので

今なら他人を恨むなどと、それこそ無意味だと

学んだけれど

 

思春期の多感な自分は、世の中の差別や

人の愚かさが本当に嫌になり

「こんな世の中や人間は、地球のためには

滅んだ方がいい」という考え方になってしまった

 

そして私は反出生主義になり

こんな世の中に子供は生むまい、自分の遺伝子は残すまい

と誓ったのである

 

そして「感情なんて持つだけ邪魔だ」と

考えるようにもなり

感情を一切殺す訓練をした

 

このころ、うつ状態だったのではないだろうか

ためいきばかりつき、

何に対してもやる気がおきなかった

 

グレていたら、発散できていたかもしれないし

他者の助けが得られたかもしれない

 

不登校にもならず学校には通っていたので

私の心の問題はなんのケアもなく

放置されたままであった

 

しかし怒りや恨みは心に深い傷と影をおとす

 

厭世感は今も心に残り

人間は滅びればいい、と

心のどこかで思っている

 

だから、生きていくことに

無気力なんだろう

 

 

 

 

 

 

死への憧れ

ここのところ、

平常心だと思うのだが

死への憧れが強くてたまらない

 

どうしたものか。

 

最近はほとんど飲んでいない

抗不安薬を飲むと

眠くなったりして

一旦はその思考から遠のくのだが

 

何も予定がない日や

うとうと横になっている時に

ふと、死にたい願望が強くなる

 

疲れからくる逃避でもないような

過去の挫折や嫌な経験、

生きる希望がない、というわけでもなく

 

普通にフラットな気分なのに

死にたいのだ

 

眠るように死ねたら最高である

 

ヨガの達人は瞑想しながら

世を旅立てるそうな

(マハーサマディというらしい)

 

例えていうなら

「いい香りを嗅ぎたいな」

という気分に似ている

 

アロマセラピーを受けたら気持ちいいだろうな

という感覚で

いま死ねたらいいだろうな

と思うのである

 

海が見えて、緑溢れる木々の下で

穏やかに瞑想しながら

逝きたいものである