カサンドラは健忘症

離婚、そしてうつ病に。離島に流れてセカンドライフの健忘録です。

離婚、そしてうつ病に

私がうつ病になったのは 

2015年、冬

夫との不和は突然におとずれた

9年間同棲し、籍をいれてから6年

一生添い遂げるつもりでいたのに

ちょっとした不和から、夫の心が離れていった

 

私は復縁を願ったが、

しばらくして夫が「話しがある」と

突然にその時はきた

 

年末

リュックを背負って逃げるように実家へ帰った

夫は泣いていた

私はそれまでに受けた心の傷が重く、無表情でホームで別れた

 

元夫との離婚までのことは、別の機会に綴っていこうと思う

 

実家へ帰ってから絶望のあまり

布団の中で「死にたい、死にたい」を繰り返していた

 

もう人生は終わったのだ

愛する人を突然失うことになり

二人で買った家も、大切に乗っていた車も

飼っていたウサギも、庭の草木、思い出の写真

なにもかも置いて出たのだ

 

 

両親が心配して、私を心療内科につれていった

私はそこでも「死にたい」と言った

入院をすすめられたけれど断ったら

「うちでは診れない」といわれた

 

私は親に「病院へ行くのはもういい」と言った

死ぬつもりでいたのだ

方法はわからないけれど・・・

 

うつ病死に至る病だったらいいのに

勝手に死ぬことになればいいのに

なんで死なないの?こんなに苦しいのに

 

スマホで「死にたい」「死ぬ方法」と

検索しては、どうやって死のう

そればかり考えていた

 

大事なもの全て失い、

子供もいないし、これから生きていく理由もないし

もう終わりにしよう

 

実家はマンションの最上階だから

飛び降りれば確実に死ねる

でも勇気がでない

首をつろうか

どこで? どうやって?

みんなはどうやって死んでいるんだろう

死んでいった人たちが羨ましい

いま、死に至る病気にかかっている人と

変われるものなら変わってあげたい

 

ネットでは死にたい人があふれている

外国では自殺ほう助が法律でゆるされているところもあって

安楽死ができる

 

日本も安楽死を認めるべきだ

こんなに死にたい人がたくさんいるのに

死ぬ自由を認めるべきだ

 

眠るように死にたい

その切なる願いが早くかないますように

 

2つめの心療内科の先生にも

「死にたい」と言った

優しく傾聴してくれる男の先生だった

 

リフレックスドグマチール

頓服にデパス、リーゼなどの抗不安薬も処方された

 

うつ病の薬よりも、死ねる薬がほしい

毎日、「死」への願望がつのっていった