カサンドラは健忘症

離婚、そしてうつ病に。離島に流れてセカンドライフの健忘録です。

ストーカー対策 〜体験した話〜 ストーカーは警察へ

2015年、冬。

ストーカーにあった話をここに書き捨てる。

 

夫との距離が離れていき、

離婚がきまった。

その頃、短期でバイトをしていたので

そのバイトが終わり次第、実家へ帰ることになっていた。

 

そのバイトは、たった3人で

ある会社の空いている部屋で入力をするというものだった。

私以外は、男2人。

そのうち1人は、お昼は外にいってしまうため

私ともう1人の男が、オフィスの部屋で

お昼ごはんを食べながら、おしゃべりするというシチュエーションが続いた。

 

男(Aさん)は2歳下で、性格が暗く、もう1人の男の悪口を言ったり

ネガティブな発言ばかりするので

私は疲弊し、つとめて明るい話へ話題をそらしていた。

 

そのうち私のうつ病がどんどん悪化し、

Aさんとしか話さない日々が続いたためか

いつしか「離婚をするんだ」というプライベートなことまで話すようになった。

 

バイトの最終日が近づいたある日

Aさんから告白された。

うつ病だと働けないから、いつか自分と一緒に住まないか」

という内容だった。

Aさんは背が低く、髪の毛は親に切ってもらったのが伸びてボサボサ

100円均一で買ったダテメガネをかけていて、

人の悪口をいい、ネガティブな発言の多い性格なため

魅力を感じる要素が一つもなかったが、

私はかなり弱って寂しい思いをしていたため

LINEの交換をしてしまった。

 

告白も「ありがとう」と返し、

「実家に帰るので・・」と曖昧に濁したと思う

 

それから夫と別れ、実家に帰って

うつ病のどん底の布団の中で、

Aさんからの励ましのLINEを読んでいた

 

「死にたい、死にたい」という私にAさんは

こまめに返信をして励ましてくれた。

死にたい絶望の中、グリーフケアというのだろうか

「死んではだめだ、あなたはかけがえのない人だ」

というようなことを送ってきてくれていた。

その点は感謝すべきである、と今でも思う

 

 

関東圏から、関西へ帰ってきた私は

会える友達も周囲にいない、他に親しくLINEをする人もいないので

Aさんと毎日やりとりをしていた。

 

しばらくして

ようやく布団から起き上がれるようになった頃

ある資格を取るため、一ヶ月ほどスクールに通うことにした。

 

執着がどんどんひどくなってきたAさんは、

そのスクールに一緒に通うと言い出した

ウィークリーマンションを借りて通うのだ、と。

私は、こないで!と猛反対したが

「一緒に資格をとるって言いましたよね?」

と言ってきた

そんなこと一言もいってない。

 

Aさんはよく、私がこういった、と嘘の話をもちだしては

自分の都合のいいように解釈する

うつ病だから忘れているのだ、と私のせいにする

人間関係の築き方があまりにも幼稚なのだ

 

スクール名をあえて教えていなかったが

駅名を言ってしまっていたため

調べられて特定された。

私が猛反対したため、来なかったが

彼の名前で申し込みがされた形跡があった

(スクール初日、出席名簿に名前が書かれてあった)

 

 

それからも頻繁にLINEを送ってくるようになり

内容も薄気味悪くなってきた

 

私が捨てたクッションを

ゴミ箱から拾って、次のバイト先で

使っていいか聞いてきたり

不愉快な要請をしてきては

私が怒り気味で、断る返信をするということが増えてきた

Aさんは、まるで恋人気分で

いつかは私と一緒に暮らすという前提で

話すようになり

私はそれを否定することが続いた

 

私はこの関係を終わらせたかった

LINEでしか繋がっていないのだから

やりとりをやめたり、いつかはブロックすればいいのだと思っていた

 

私が返信をしなくなってからも

一方的に何十通も送ってきていた

 

そして会いに行くから住所を教えてと言い出すようになった

 

もちろん住所は教えていない

どのあたりに住んでるかは◯◯市、ということだけ

告げてあった

 

私はLINEを見るのもやめ、既読すらつけなかった

Aさんはそれに反比例するかのように

毎日どんどんLINEを送ってきた

 

私の名前をネットで検索し、見つけた他のSNSから

コンタクトをとろうとしてきたりもした

私はそのSNSを退会した

 

ある日、とても不愉快な内容のLINEがきたため

私は発作的にブロックしてしまった

そしたら「どうしてブロックするんですか」と

スマホにメッセージが届いた。

バイトをしている時に携帯番号を交換していたのだ。

「反省するから許してください」とひっきりなしに

メッセージが届いたので、着信拒否にしてそれもブロックした。

 

そしたらLINEのグループ招待機能をつかって(これはブロックできない)

LINEにまたメッセージが届いたが、

3日目からはこなくなったので、

もう私のことは諦めたのだ、これで開放された、と思った。

 

しかし彼は、私が通っていたスクールの最終日に

スクールが見える場所で待ち伏せていたのだ

関東から関西へ、わざわざバイトを休んで来たのだ

(スクールの場所やカリキュラムはネットで調べられていた)

 

待ち伏せていた、というのは後で知った

彼はその時私の姿を確認しただけだった

 

スクールを終え、家に戻ると親が

「Aさんという人が、わざわざ東京から来たわよ」

もらった土産を私にみせた。

お見舞いです、と菓子折りをもってきたのだ。

私は凍りついた。◯◯市だということしか知らないはずである

私の姿を見た、元気がなさそうだった、と言ったという

私の姿を待ち伏せて見たのに、声をかけず

実家に行き親に会ったのだ 

 

そういえば、数日前、知らない番号からの着信があった

出なかったのですぐ切れたがPHSの番号だった

今思えば、それはどこかの探偵事務所だと思う

Aさんから「旧姓を教えて」と言われた時に、教えてしまったので

PHSの着信基地から数m範囲のうちで、

私の旧姓の家を調べれば、探偵ならすぐわかるであろう

いくらか払ってまで家を調べたかったのだ

 

うつ病がひどく悪化した。

とても怖かった。LINEをブロックした相手に

実家を特定されてしまったのだ。

私は携帯番号を変えた。

 

 

それからAさんから、親と私あてに2通封書が届いたが

受取拒否にして送り返した

そしたら次から無記名で、ハガキが届くようになった

 

パソコンで印字された長文の内容はうつ病のお見舞いと、

どうしてブロックしたのかということと

私の世話をするようなことだったと思う

 

心療内科の先生にそのことを相談すると

「それは警察へ相談した方がいいね、今は

3通(電話や手紙)きたら警告してくれるよ」と

教えてくれた

 

今までの届いたハガキはびりびりに破いて捨てていたし

LINEやメッセージも全部消していたので

証拠がない

 

自分の身は自分で守るしかないのか

親も「内容がお見舞いだから、警察に言ってもムダでしょう」という

 

数日後またハガキが届いた

親あてには「わたしは悪者ではありません、ずっと励ましていたのです」

という内容

私には「うつ病の薬は性格をかえるから、変わってしまったのだ」

という内容だった

 

毎日気が狂いそうに苦しんだ

離婚してうつ病になって、どうしてまた

ストーカーで苦しむんだ

 

いったい私はどんな悪いことをして

このような罰をうけているのであろう

 

本当に心のそこから死のうと思った

死ねばストーカーに苦しまずにすむ

だけど親に迷惑がかかる

私が死んだあともハガキが延々届いたら・・・

 

私はAさんの携帯に思い切って非通知で電話し、留守電にメッセージをいれた

 

「鬱がひどくなるから、もうハガキをよこさないで」

 

数日後、またハガキが届いた

「私のハガキで鬱がひどくなるというのは

おかしな話です」

という内容の長文が親と私宛に2通

 

そして私は決意し、県の

ストーカー相談室へ電話した

そこは警察ではないけど、話の内容によっては

そこから警察へ通報してくれるという機関だ

 

今までの話を30分くらいかけて通話しただろうか

相手の女性は「この内容を警察へ通報しますので

もしかしたら警察から電話がかかってくるかもしれません」

とのことだった

 

その日の午後、県警の生活安全課から

私の携帯へ電話がかかってきた

ショッピングモールへでかけていたのだが

「今日、警察へこれますか?」と聞かれ

いったん家に戻り、証拠のハガキをもって

母親と一緒にタクシーで警察へむかった。

 

2時間くらい事情を聴取された

私は今までのやりとりのこと、離婚のことを含めて全部話した

生活安全課の担当の男性警察官2人は

丁寧に対応してくれた。

私も警察が話をきいてくれたのでずいぶんと

心が楽になった。これで苦しみを一人でかかえこまず

共有することができたのだ

 

そして私はまたAさんの留守電にメッセージをいれた

・次にハガキを送ってきたら警察へ通報するので送らないでください

・私のことは忘れてください

・LINEをブロックした理由

(内容が気味悪く怖くなっていったということをやんわりと)

 

それから2〜3週間後だったと思う

2015年、4月末頃

またハガキが届いた

1通、うつ病の薬についての副作用の内容だった

 

そして次の日に2通、親あてと私宛にまた届いた

親あてには「今度、うつ病について相談したいので

会いにいきます。◯◯さん(私)は同席していなくてもいいので

看病について、これからのことについて話をしましょう

いつがいいか日時を連絡ください」という内容だった

 

私あてには

「私のことをストーカーとして警察にいったそうですね

でも怒っていません。うつがひどくなっているようですね

こんな話をしたのを覚えてますか(某SNSで勝手に知った情報)

覚えていないようなら心配です」

 

 

・・・関わってはいけない相手と関わってしまったのだ

 

拒否してもくる手紙

義務のない面会を要請

 

この2つでもストーカー要件としてはアウトである

 

私はまた警察へ電話した

届いたハガキをもってきてください、とのことで

すぐに持っていった

 

警察へいくと、ハガキの写真、

ハガキを指差した私の写真を撮られた

そして私は「警告を要請」の書類にサインした

 

警告は早かった

2日後、警察から電話があった

「警察署にて、今後一切接触しないという書類にサインさせた」

という

 

Aさんは東京でバイトしていたが

近隣の実家に一時的に住んでいるのを

LINEのやりとりで知っていたので

その県の警察が実家までいき身柄をおさえ

(呼び出して出頭させたのだと思う)

サインをさせたそうだ

 

「念のため身の回りに注意し、戸締まりなど用心してください」

とのことだったが

それからピタリと接触がやんで

ほっと一安心している

親も「警察もよく動いてくたね」と言っている

 

ストーカーは申告しないと罪にならない

相談をかさね、証拠をとっておいたり

警察へ要請をしなければならない

(今回は警告なので罪には問われない)

 

警察の担当者にもよると思うが

きちんと対応してくれたのでよかった

両親の携帯番号や、同行した母の写真をとったり

何かあった時のために私の携帯から110番した時に

相談内容が表示されるようにしてくれた

時々、私の携帯に「また何か届いたり接触はありませんか?」

と連絡をいれてくれたりもする

 

 

何年か前、元彼がストーカーになって

職場にきたり、職場に電話してきたり

延々電話してきたり、家の周りをうろうろされたり

色々あったが 

その時、職場が引っ越しをしたり

私も引っ越しして携帯も変えたりして

あらゆる連絡法を断てたことでおわったが

 

私はストーカーにあいやすいタイプなのだろうか・・

 

 

元彼も、Aさんも、恨んではいない

心おだやかに暮らしているといいなと思う

 

今回のことでストーカー被害にあうという

業(カルマ)のようなものが終わったと思いたい

 

 

自分一人で悩まずに

相談する機関があれば相談し

共有して解決する、ということを学んだ