カサンドラはもうすぐ死にたい

離婚、そして適応障害、うつ病に。不幸な出来事を浄化するべくブログに綴ります。たいした記事ではありません。

くつろげない実家

先日、実家に帰った

うちから新幹線で2時間半くらいだ。

 

島から出てから

まだ帰ってなかったので

久しぶりの帰省だ。

 

うちの両親は毎朝

朝ドラを見た後、

窓と玄関をあけて

家中掃除をする

 

父が掃除機をかけ

母がハタキでホコリをはらう

そのあと、父がドアノブやらイスやら

手に触れるところを除菌しまくる

母はクイックルワイパーで

仕上げの床掃除

 

私は邪魔せぬよう

あちこち移動する

 

洗面所を使うたび

水滴を布巾で拭き

床に髪の毛が落ちていないか

確認する

 

鼻をかんだら

「手を洗いなさいよ」と

言われ

洗面所に手を洗いにいく

 

手を洗う前に

ドアノブを触ってはいけない

 

新聞を読んだら

折り目をきちんとつけて

四隅をそろえて置く

 

などなど…

 

これでは落ち着かないのだが

 

私は離婚してうつ病になって

10ヶ月間くらい

実家にお世話になっている間も

毎日早起きさせられて(寝ていたかったのに)

掃除の邪魔にならないよう

移動していたものだ

 

 

元夫も度がすぎるくらいの

綺麗好きだが

実家に帰ったらもっと厳しい

神経質な父がいた

 

台所の電気など

すぐに消さないと母を怒る父

 

他者と暮らすというのは

本当に修行なのだな

 

 

 

 

静寂が欲しい

(同居することになった)元夫が

一人でミラノに旅行に行っている

 

久々に一人を満喫している

 

無職だし

誰にも用事がなく

誰からも連絡のない

完全な一人の時間

 

いつ寝てもいいし

いつ食べてもいい

 

ただ、近隣は子供が多く

ここは別荘地なのに

うちの両隣と裏は定住地として住んでいて

しかも小学生以下の子供が二人ずついる

 

外で遊んだり

親が子供を叱る声

お風呂で騒ぐ子供の声がして

「人の気配」が常にある

 

オフの時は

人の気配を感じたくない

 

山奥か森にでも住まないと

静けさは得られないのだろうか

 

静寂が欲しい

人のいないところに行きたい

 

「一人になりたい」と思えることは

心が回復してきているんだと思う

 

今は「死にたい」とは思っていないから…

 

 

 

 

「洗面器買ってもいいですか」

元夫との同居生活をはじめて

5日がすぎた

 

特にルールを決めるわけでもなく

これからの話をするわけでもなく

荷ほどきや掃除、買い物をして

過ごしている

 

私が気まぐれに作ったご飯を

「美味しい」といって食べ

洗濯してあげたタオルが

「フワフワだね、なんでだろ?」

と言い

「今から帰るけど、何かいる?」など

気を使い

細かいことにも「ありがとう」と言う

 

 

しかし

私も気を使っている

 

元夫の車を日中、借りるために

駅まで元夫を送迎している

 

元夫をのせての運転はトラウマに

なっている

運転を細かく注意され続けてきて

時には号泣し、喧嘩してきたからだ

 

私は最新の注意をはらい

「ここは、ゆっくりだったね

ここの曲がり方はこうだったね」と

確認しながら運転する

 

 

 

一緒に暮らしてた頃は

家におくもの、全ては

元夫の美的感覚にかなうものしか

買ってはいけなかった

 

洗剤もティシュも、オシャレなケースに

移し替え、

コップもディスプレイし

カーテンも、タオルも、服も靴も

花も木も、食器も電化製品も

 

全て元夫のセンスで買い

私が結婚前にもっていた服や物は捨てられた

 

この家に帰ってきて

私が私自身で買ったものが何一つないことに

気づいた

 

別れてから買ったジャージを着ていたら

「みすぼらしいね」と言い

スーツケースを見ては

「何でこんなの買ったの

もっと軽くてオシャレなのかいなよ」と言う

 

もし別れてなかったら

スーツケースを一緒に買いにいき

「これどう思う?」と尋ね

元夫のセンスにかなうものを買ったであろう

 

私は今まで、自己決定権を搾取され続けていたのだ

 

風呂場には洗面器がなかった

美観を損ねる日用品は買わない主義の元夫が

不必要と判断したのだろう

 

でも私は洗面器がほしい

 

「洗面器、買ってもいいですか」

元夫に尋ねた

 

しばらく沈黙のあと

「よかろう」と言った

そのあと「◯◯(ブランド)のやつならいいよ」

と付け加えられた

 

私はこれからも

自己決定権を搾取されるのだろうか

 

元夫の顔色を伺いながら暮らすのだろうか

 

出来るだけ一緒にいないようにして

家庭内別居のようし暮らし

車を自分で買い、

元夫に合わせることなく

何を決めるにも、相談せず

自分を大切にして暮さねば

 

 

 

 

 

元夫と一緒に帰った

とうとう私は島を出た

 

晴れた日だったので

港に見送りに来てくれたひとが

何人かいて

泣いてくれてる人もいた

 

その前に私が号泣していたのだが…

 

船の中でも思い出して

涙が止まらなかった

 

そういう時は

リーゼを飲むと落ち着くのだ

 

家にすぐ帰っても

荷物が届かないため

経由地で2泊し

そして羽田へむかった

 

東京で元夫と待ち合わせをして

ご飯を食べた

 

久しぶりに会う友人のように

フランクに話せた

そして一緒に電車に乗り

家路についた

 

途中、ケーキや食材を買ってくれたり

ずっと荷物をもってくれたり

すごく優しい態度だった

 

彼も大人になったのだろうか

 

いや、元来優しい一面もあったのだ

ただ距離が近すぎると

こちらがひどく傷つけられるのだ

 

2年半ぶりに帰ってきた家は

庭は荒れ放題になっていた

 

家の中は少しだけ掃除されていたが

元夫も引っ越してきたばかりで

整理はされていない

 

「私どこで寝ればいいのかな?」

 

「あれ、ここで寝ないの?」

と、一緒に寝ていた二階の部屋に

誘導されかけたが

「ずっと一人で寝てたから

人の気配があると寝られない」といって

別の部屋に布団を敷いた

 

別れてからずっと鬱病

寝込んでいたこと

今も時々、鬱症状や貧血や

めまいがすることを伝えた

 

「1ヶ月くらい寝てなよ」と

言ってくれたけど…

 

本来は一人で住もうと思って帰ってきた家に

いま、二人で戻っている

そして、これからのことを

何も決めてないし

元夫も何も言わない

 

距離が近くならないようにせねば

 

うっかり近づいて

またモラハラな態度で責められたら

心が凍りついて、

こんどは入院になるかもしれない

 

シェアハウスに住んでいるというスタンスで

干渉しあいたくないんだけど…

 

一緒に暮らしてた時のように

飲食店や買い物に

誘うのはどうしてだろう…?

 

早く、旅の計画をたてねば…

 

 

 

 

 

 

驚愕の事実に震えている

来週には島を出る

 

荷造りはあまり進んでいない

 

引っ越しのたびに思うのだが

小さい頃からのアルバムが

未だ捨てられない

 

卒業アルバムや卒業証書もだ。

 

これを捨てられたら

もっと身軽になれるのだろうか

 

先日、元夫に電話した

「お疲れ様でしたね」と優しい言葉をかけてもらった

 

しかし驚愕する事実も

知らされた

 

なんと私が帰る別荘地の一軒家に

元夫も帰ってきて住んでいるというのだ

 

いつか売って、折半するはずだった家

しかし片付けがすすまず、売るのは保留に

なっていた

 

私が一時的に帰れる場所として

「帰ってもいいかなぁ」と言う前に

「俺も東京疲れたんだよね、

次の更新しないかも」とは言っていた

 

だけど、私が帰ることになったから

東京にいるものだと思っていた

 

すごく動揺して

その晩は訳がわからず

涙がとまらず

リフレックス錠を久々に飲んだ

 

 

「近所に家もたくさん建ってるし

駅前も変わったよ」など

楽しそうに話してくれて

私が羽田につく日には

「晩御飯をどこかで食べて

一緒に帰ろう」とまで言う

 

 

いまだに動揺はしているが

飲み込まれないようにしなくては

 

もう別れた人であり

決して支配はされてはいけない

 

ようやく自分の足で

立てるようになってきているのだ

 

しばし家をシェアすることになるけど

支配されてはだめだ

諸々、健康診断をしたあとは

すぐに旅に出なくては…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の世話はしない方がいい

人の世話をする職業は

だいたい所得が低く

長時間労働

 

 

保育士、教師、介護士、看護士

 

人手不足で仕事が回らなく

労働基準法違反の長時間労働

身を削りながら

まるで仕事をするためだけに

生きている状態

 

 

人のために何かすること

人のために支援する仕事は尊い

汝の隣人を愛せよ

人のために行動すると徳を積める

自分を犠牲にして人を助けると功徳が積める

 

 

こう刷り込まれているのは

もしや洗脳なのでは…

 

人のために尽くし

人を助け

人を支援し

慈悲の心をもち

霊性を高めて

魂を向上させる

 

みたいなスピリチュアルな言葉が

溢れているが

 

結局、自分を救えるのは自分だけだし

人の世話をするとキリがないし

自分が傷つき、疲弊する

 

 

 

自分を幸せにできるのは

自分だけだ

 

貧困の国や子供を

付け焼き刃的に支援しても

また新たな貧困な子供が生まれるだけだ

 

 

目の前で困っているひとがいたら

手を差し伸べるし

その場では親切にすることを

心がけているけど

 

 

身を削るような行き過ぎた

親切や世話やサービスは

危険でしかない

 

 

人への善意がいいと信じて生きている人は

今、苦しい状況ではないだろうか

 

 

今年は

他者との境界線をひいて

自分の幸せのためだけに

行動してみる

 

他者からみたら身勝手にうつるかもしれないが

自分からみたら

「自分を幸せにしてくれる自分」だ

 

 

自分のために動いてみて

その結果、起こったこと、思ったことは

またいつか綴ってみたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間関係は作らない

島に住んでる移住者が

何か言ったり行動すると

批判をしたがる高齢者がいる

 

普通に暮らしているだけでも

文句を言う人がいる

 

「島の人に対して

何もしていない」とか

 

「もうちょっと島のために

役に立つようなことすればいいのに」とか

 

何か話すと

「礼儀がなってない」とか

 

近すぎて、暮らしが丸見えだからか

移住者だけが、県から手厚い補助を受けているからか

 

 

ねたみと嫉妬と不満と…あらゆる負の感情が

巻き起こっていて

始終、噂の対象になっている

 

 

実害はないのかもしれないが

そういう噂話が、また誰かの悪意あるお節介で

本人の耳に入り

嫌気がさして、島を出る人がいる

 

 

高齢になってくると
「人を許す」ことが難しくなるのか

年齢ではなく
貧困だとそうなるのか

 

 

島に限らず、田舎などの

高齢者が多く閉鎖的な地域はそうなんだと思う

 

同じところにずっと定着して住むと

人間関係が腐ってくる

 

 

学校のクラスだってそうだ

しょっちゅうクラス替えをしたら

イジメは減るのではないか

 

ある私立の学校では

親同士の連絡の取り合いを禁止している

ところがある

 

人間関係を作らないためだ

 

革新的な会社では

自分の席はなく、毎日違うテーブルで

自由に仕事をする

 

人とは、いい距離が必要なのだ