カサンドラは健忘症

離婚、そしてうつ病に。離島に流れてセカンドライフの健忘録です。

不幸をブログに

過去の不幸をブログを書くということで

その記事を読んだ方々が何かを思い、共有し、

不幸が、違う意味を持って

私の中から浄化されていく

 

嬉しいことを記事にし、読まれ

その喜びが共有されれば嬉しさは何倍にも広がり

 

不幸な経験を記事にすれば

誰かの教訓になったり

共感や同調されれば、感謝に変わることもある

 

 

過去に起こったことを浄化し癒すには、

何かに残す、誰かに話す、

ということがいいのだと思う

 

私が何もかも失い絶望のどん底だったとき

(今でも絶望中だが)

ネットで記事を読みあさり

癒しの言葉を探した。

 

 

 

乗り越えられない試練は与えられない、とかいうけど

私は、ただ死ねなかったから時間がすぎただけだ

死ねた人が羨ましい

今でも死への憧れがある

 

それでも下に記す言葉は、ネットでみつけた時

少なからず癒された瞬間だった。

 

 

「絶望したことがない人は、
高慢と不満とともに生き、
絶望したことがある人は、
深い感謝とともに生きることになる。
そして、最も幸せになる人は、
感謝とともに生きる人だ。」


「この世に変わらないものはない。
この絶望的と感じている状況も、
やがて必ず変わる。」

 

「どれだけ、自分がダメだと思っても、
もう無理だと思っても、最後の最後の、
本当に、最後まで、
諦めなければ、絶対に希望がある」

 

 

ふとした瞬間に、

もういいや、早く死にたい

と思う

うつ病の症状なのか

もともとの性質なのか

 

この体の中の私は死んだ

体は動いているが、他人が入っていて

私はそれを俯瞰で見ているだけ

これから起こる辛いこと苦しいことは

私ではない、と思うようになった

 

多重人格になりそうな思考だな・・

 

 

希望ってなんでしょう?

 

いつかこのブログが不幸ばかりでなく

読んだ人が嬉しくなるような

記事でうまりますように

 

不幸な出来事を経験しなくてもいい世の中になりますように