カサンドラはもうすぐ死にたい

離婚、そして適応障害、うつ病に。不幸な出来事を浄化するべくブログに綴ります。たいした記事ではありません。

排除は間接的な◯人である

バイト先の高齢の人が

あまりにも仕事が出来なくて

その周りの人達が

毎日のように文句を言っている

 

時には

「それは仕事と関係なくない?」と

思うような

プライベートに関することで

悪口を言っている

 

その人は、頭が少し弱くて

理解するにも時間がかかるし

作業するにも遅いし

生産性は人の30%くらいしかない

 

まぁ、私は雇用主じゃないし

暴言を吐く人よりは全然マシなので

とくに、ほっといている

 

その人のやった仕事をチェックする、

という仕事が増えているが

まぁ、それも仕事のうちかな?

と思っている

 

でも周りの人は

めくじら立てて

掃除ができてない、だの

独り言いっててキモい、だの

影口を言ったり

時には本人に直接言ったり

 

人間とは

自分と違う人を責める

あるいは仲間外れにするものだから

 

当然といえば当然なのだが

私もイライラする事はあるから

 

そういうのを見ると

やっぱり人間には失望する

 

たぶん、みんなは

その人に辞めてもらいたがっている

 

仕事がスムーズにいかない、

余計な仕事が増える、

その人のせいで自分のチームの評価も下がる、

となれば

排除したくなるのも人間の真理だ

 

 

人間とは

「やっかいな荷物を排除したくなる」

生き物なのだ

 

これがイジメの本質であり

人間の本質なのだ

 

でもちょっと考えてみると

その人がやめた後は

どうなろうと知らない、という態度は

 

どこかで死んでもいい」という事と

地続きなんじゃなかろうか

 

例えば、引きこもりの子どもを

親が無理やり外に放り出す、というのも

「ここじゃないどこかで死ね」

と地続きだ

 

私が離婚して

実家に一時避難して

寝たきりになってた時

親が

「早く働け」

「自立して家を出て行け」という事を

促してきたとき

 

ああ、どこか遠くで死ねと言ってるんだな

と思った

 

人間なんてそんなもの

 

「自分で殺すのも手間だから

自分の知らないどこかで

勝手に死んで」

を、オブラートに包み込み

 

いじめたり、解雇したり

自分の世界から排除する

 

それなのに、目の前で死のうとしてる人を

わざわざこの世界に戻して

表彰されたりする

 

本当におぞましい

 

綺麗事をいう人間が気持ち悪い

 

まだ自分の手をよごして

56す人の方が

間接的に人をコロす人より

マシなのではないか、とも思える